BLOG 幸せの処方箋

習慣を変える その2

たとえば 外国語をマスターしたいと決意したとします。
毎日50分間一年間欠かさず続けたなら
かなりの線までゆくことができるのではないでしょうか?

それがわかっていても続けることができない・・・
そこにジレンマがありますよね!

自分を低い状態に留めてしまったり 可能性を阻むような習慣であっても
習慣に従うのは快いと感じるようにわたしたちは条件付けされてます。

そうなると 習慣を変えるのには
変わりたい自分 VS 変わりたくない自分
という戦いが繰り広げられることになるのです。

こういうとき「自分」というものを
しっかりと持っている人ならいいのでしょうが
わたしのように 普段からして
「どっちでもいいよ?」
みたいに自分の意見に固執しないタイプでありますと

「変わろう!」
と頑張っているある日 変わりたくない自分が主張を始めると
「そうなの?」「うん じゃあ いいよ・・・べつに」
みたいにすぐに受け入れてしまうということが判明。

・・・・ダメじゃんダメ

簡単に相手のいうことを受け入れず
「自分はいったいどうしたいのだったか?」
と確認しなければなりません。

そこでそのような場合には
脳内でどんなことが起こっているのかというと

変わりたい自分「なぜやりたくないの?」
変わりたくない自分「だって 楽だから」

変わらないのが一番楽になっているのですね。

変わりたい自分「それから他には理由あるの?」
変わりたくない自分「人生が変わるとどうなっちゃうかわからない」

変わりたい自分「だけどこれはもう飽きたじゃない」
変わりたくない自分「でも・・・とにかく いい」

要するにちゃんとした理由はないのですね。

ここでモチベーションが低ければ
「嫌がってるのを無理やりやらせても・・・ま いっか」
となってしまうのであります。

それに引き換え 変わりたいという方の理由は
しっかりとあります。
それによって様々な改善や成長の可能性が生まれます。

安全とか安定を望む潜在的な願望は
ある意味本能的なものです。

それは様々な天変地異を経て生き延びてきた生命として
備わっている性質といえるかもしれません。

生命体として 生き延びるためには
安全を感じる場所に留まり
変化を感じたら警戒する
という反応が大切だったからです。

けれどもわたしたちは肉体だけの存在ではありません。

わたしたちが精神的・霊的に成長するためには
成長や飛躍を求めるようになっているのです。

現代において 成長のために遂げようとしている変化が
生命の危機までもたらすということはほとんどありません。

そんなことに気がついて
励ましながら まずは3週間続けることで
より良い習慣をつけてゆくことに
チャレンジし続けてみたいと思っています。

普通こういうこと もっと早く取り組むべきだったのかしら?
今まで何やってたのかしら?
って思うけど まぁ いいわ。

人の心は留まっていることはできない。

ということは向上を目指さないでいたら
ひとりでにずるずると下降してしまうものだと思います。

それを老化 とか片づけてしまうのはあまりにも
もったいないです。
なぜなら精神には老化現象はないからです。

いつまでも前向きな気持ちで
人生をより良いものにしてゆきたいですね!

2010-11-24

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